Dazzling Life vol.1

最終更新: 7月4日

今までにないビジュアルに挑戦していくフォトワークショップとして、インスパイアーを立ち上げました。



このインスパイアーの企画は、フォトグラファーとしての私の実験的写真を発信する場として、普段の広告の仕事ではできないようなビジュアルに挑戦していく企画です。


インスパイアー第1弾は、アートディレクター篠原氏から、自社のVIGLOWAのブランディングビジュアルを考えて欲しいというものでした。グラウンドコンセプトはDazzling Life (眩惑するほど、美しい)、テーマは「砂漠の中でグラスに水が半分しかなかったら、あなたは次のどちらを選ぶか?半分の水があるから、生き延びられる。半分の水しかないので、生き延びられない」という哲学的なものです。


VIGLOWAとは、Vi(美)+glow(輝く)+wa(輪)/美しく、輝く、輪という意味を社名にした、アートプロデュースとアートの販売を手がけている会社です。


篠原氏からもっと詳しい話を聞きました。


Shinohara

美というとBeautyとか、綺麗な花とか、絵葉書のような綺麗な風景写真なども美ですよね。でも、僕が考えているのは、日常の中に美を取り入れて、もっと心の底から高揚感が湧き上がってくるものです。僕が求めているものは、ただ綺麗じゃ済まされない、心の底から鳥肌が立って失神してしまいそうなものです。今までにはないアートギャラリーにしていくためにもグラウンドコンセプトを明確にワンビジュアル、ワンメッセージで発信していきたいと思っています。ここ数年、Dazzling Life (眩惑する程、美しい)で発信してきましたが、既存のアーティストや自ら作ったクリエイティブでは限界です。そこで、橋田さんだったら思いもつかないビジュアルを提案してもらえるのではないかと思いました。



Hashida

それは、とても光栄です。でも、すごく哲学的なテーマですね。写真を撮影する前に、一度その意味を自分なりに深く掘り下げてみたいと思います。

今回は、新たなトライということで、イメージの撮影をしたものを、篠原さんに投げて二人でキャッチボールをしながら、核心のビジュアルに詰めていくという方法を取りたいのですが、いかがですか?


Shinohara

いいですよ。では、一発目お待ちしてます!


Hashida

数日、時間をいただいて次のような考え方で、撮影してみました。


「コップの中の半分の水」は、もし砂漠の中でこういう状況に置かれたら、もう半分しかないと思うネガティブシンキングと、まだ半分残ってるじゃないかと考えるポジティブシンキングの二つの例えとして出てきますよね。


グラスの中の半分の水は、飲み水そのものだけど、もう一歩踏み込んで、ポジティブとネガティヴ、明と暗、希望と絶望という二つの両極に揺れ動く、心の葛藤や揺れ動きという、観念的な存在を表すものとも考えられます。


それで、背景をあえて調子のないブラックにし、余分な情報を排除して、人の内面、心の揺れを液面に重ね合わせて、撮影してみました。以下の3点をお送りします。

篠原さんの率直な意見をお聞かせください。



Shinohara

この写真もありかと思いますが、もっと橋田さんの世界を出しても良いかと思っています。 グラスに入った半分の水の前提にDazzling Lifeというグラウンドコンセプトを発信していきたいと思います。眩惑するほど美しい世界を発見して行くというテーマです。水面にもっときらきらするものがあったり、バックの背景が、ブラック一色よりも微妙な陰と陽が交差する瞬間を捉えたような感じとか。


ポスター前提に写真をはめ込んでみましたので、送ります。

橋田さんのアートワーク、アクアグラフィーの世界とか、今の時代に迎合しない世界を表現してほしいです。





Hashida

ちょっと哲学的に解釈すぎたかもしれないが、「状況は極限(グラスの半分の水)なのに、そこに美(Dazzling Life)がある」という世界観がどうしても理解できない。







それで、さらに篠原氏にブラックの背景をガラッと変えて、白い世界の中で液面に色を意識した、第2弾のテスト撮影を送りつつ、根本的な質問を投げかけてみる。



Hashida

ところで、改めて質問ですが、Dazzling Lifeというグランドコンセプトのもと、VIGLOWAのブランドイメージのモチーフに、なぜ「グラス半分の水」が出てきたのでしょうか。

他のモチーフも色々と考えられると思いますが、あえて「グラス半分の水」を選ばれたわけを教えてもらえますか?


「眩惑するほど美しい世界」の表現するのに、なぜ「グラス半分の水」か、という意味です。ヴィグロワ(美・輝・輪)なので、美と輝きをつなぐ「輪」がモチーフであってもいいと思いますし、その方がブランドの持つ意味合いを割とストレートに想起しやすいとも思われますが、あえて「グラス半分の水」にした意図とは何でしょう?例えば、これを考えられた背景みたいなものがあれば、ぜひ知りたいです。


Shinohara

僕は、夢を追って上京し、グラフィックデザイナーになったばかりの頃、会社のボスに「お前は、才能がない!」「やる気がないなら、田舎に帰って一人でやれ!」ラフスケッチをブーメランのように投げつけ「風呂屋の看板じゃないんだ!」などと罵られ、今でいうとパワハラの毎日でした。その当時は、徒弟制が主流でこれが当たり前だったんでしょうね。


また体調を崩して半年以上もの入院をしたこともあります。病院では、夜中に死んでいく人、飛び降り自殺する人、10年以上も入院しいる人、 様々な人生を見てきて、生きるということを考えさせられました。


その後デザイナーとして独立してからも、広告業界の低迷や景気の後退などで、仕事と収入が激減し事務所も縮小、周りの人は離れていくという厳しい状況を経験してきました。私だけでなく、誰しもこのような人生の中には浮き沈みがあるのだと思います。


その頃に出会った本に「グラスに入った半分の水」の話がありました。砂漠でグラスに半分しか水がないからダメだと、水のせいにして何も行動を起こさないのか、それともグラスに半分も水が入っているから、必ず道が開けると思うのか?


こんな状況でどちらを選ぶかは自分自身の軸を持っているかどうかだと思います。砂漠の極限状況で自分に生きる勇気を与えるもの、前に進む光を与えるもの、自分自身の軸。僕はそれが美だと思っています。

そして、それもただの美しさではない、命の選択という極限の中でもキラキラと輝き、目くるめく光と眩しさで、命にパワーを与える圧倒的な美しさでなければならない、それが僕の追求したい美の力(Dazzling Life)です。



Hashida

篠原氏のメールを読んでいると自然と涙が溢れてきた。グラスの半分の水やDazzling Lifeは、彼の命の戦いそのものでもあったことに胸を打たれた。

そして彼のメールを読んで、理解が変わった。


グラスの半分の水は、誰の心にも存在している「命の水」なのだと思った。流れ落ちはするけれども、決して消えては無くならない砂時計の砂のように、グラスの中の半分の水も色々と揺れ動きはすれ、いつも半分の水をたたえ傍にいて、チャンスを促しているのではないだろうか?

それならば、グラスに半分の「水」を命の躍動感と捉えて、その躍動感を生み出すものこそが、究極の美というような表現。星座の最後に名を連ねる魚座の化身、美の女神ヴィーナスが、世界の最後を救うために海に身を投げて魚になったように、美が救う限界状況。想いが果てしなく広がってゆく、、、




Hashida

色々と深いお話をありがとうございました。それを踏まえて、本日「グラスの中の半分の水」を撮影してみました。第3弾です。


グラスの半分のところで揺れ動く、人の心の一番深くドラマチックな部分みたいなところをイメージしながら撮りました。篠原さんの感想いただければと思います。





早速、篠原氏から返信が来た。


Shinohara

橋田さん、これです! サイコー! これこそが、橋田さんらしさです。

くどいと言われようが、重いと言われようが、 これが橋田さんの世界です。 世間がなんと言おうが関係ない。 なんて、美しいマゼンタなんでしょう。 エレガントです。

そして、目も眩むようなDazzleです! 僕が思ってもいなかったビジュアルです。 これですよ、これ!


ポスターのレイアウトを作ってみました。



次の日も早朝から、篠原氏の以下のメールをいただいた。


Shinohara

朝起きて、すぐ見ても強烈な美しさがあります。

Dazzleですね。 目も眩むほどの美しさ。

Beautyというと幅広すぎて何か違うと思っていましたが、 橋田さんの写真を見て、Dazzleを確信しました。


重いと言われようが、くどいと言われようが、時代の感覚に合っていないと言われようが、

僕は、このビジュアルが好きです。しびれます!



Hashidaのつぶやき

Art Directorと私がキャッチボールを繰り返すことで、何のノイズも聞こえない、想像という空間の中で生まれた、流れ星のような奇跡。新しいビジュアルがInspireされる奥深さと不思議さを、そして、お互いが響きあう心地よさを今あらためて感じています。


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