Dazzling Life vol.3

最終更新: 3日前

インスパイアー第3弾は、引き続きVIGLOWAのアートディレクター篠原氏とのコラボです。グランドコンセプトは同じくDazzling Life、今回のテーマはVagueです。美とは、言葉ではいい表せない曖昧さの中にあるのではないか、という疑問が始まりでした。



このインスパイアーの企画は、フォトグラファーとしての私の、実験的写真を発信する場として、普段の広告の仕事ではできないようなビジュアルに挑戦していく企画です。


VIGLOWAとは、Vi(美)+glow(輝く)+wa(輪)/美しく、輝く、輪という意味を

社名にした、アートプロデュースとアートの販売を手がけている会社です。


早速、今回も篠原氏に詳しい話を聞いてみることにした。


Shinohara

毎回、橋田さんとのキャッチボールには、驚きを感じています。通常、コマーシャルの世界でのアートディレクションは、クライアントのマーケティングの延長線上に考えていかなければなりません。当然、組織の中で承認を得るとなると、いくつもフィルターを通って精錬されていくことになります。ところが、橋田さんとのコラボは二人の間で納得ができれば、それでOKなのです。そして、いつも僕の想像を超えたものが出来上がってくるので、毎回驚きがあります。


Hashida

アートディレクターも通常の仕事では、大変苦労されているのですね。ところで、なぜVagueなのか?日本語では、「曖昧な」という意味に解釈しますが、そこのところをもう少し詳しく伺えればと思います。


Shinohara

通常の仕事であれば、僕の方でカンプなりラフスケッチをお見せして、それをゴールまで仕上げていくということになるのでしょうが、橋田さんとお仕事をしていると、意外性ということに期待してしまいます。 自分の意図したもので進めるか、はたまたこの想像もつかない意外性に期待するのか、、、そんなはっきりしない微妙な心理状態になります。こんなどっちつかずの状態でテーマを考えていたら、まさにこの曖昧な状態、をテーマにしたらどうかと、ふっと思いました。

曖昧な状態といえば、僕がまず思い浮かべるのが、Night Fall (夜の帳)です。夕暮れ時の光から、闇へと移り変わる時、これもある種の曖昧さです。 瞬間的に変わるのではなく、ゆっくりと時間が移ろっていく、そのような曖昧な時間はとても美しいと思います。でも、それを具体的に写真にすると、よくある風景写真になってしまいます。 何かもっと、心の中のNight Fallのようなものが撮れるといいのですが、、、



Hashida

曖昧なものをどう表現すればよいのか、空気を撮影するようなものですね。




地と図の関係

Shinohara

まさに空気です。でも、本当に空気を撮っても絵にならないですからね。それをどのように鑑賞する人にも、いろいろなイメージを膨らませてもらえるかということです。

造形心理学の中に地と図の関係というのがあります。英語では、GroundFigureと言いますが、今回はこのFigureがないものになりそうですね。


例えば、イヴ・クラインの世界とか、、





Hashida

例えば、マーク・ロスコの世界とか、、

(あれこれ、二人はアーティスト談義に盛り上げる)


Hashida

スタジオへ戻って、考えてみる。やってみますとは言ったものの、曖昧なものをどう表現すればよいのか?曖昧さ、境界のない世界、このイメージだと自分の中ではすぐに、マーク・ロスコの世界が浮かんでくる。 いきなりマーク・ロスコ風な私のイメージで進めてもいいが、 やはり第一弾(Dazzling Life & グラス半分の水)のように、はっきりとしたブランドのメッセージと言ったものが、もっと情報として欲しい。今回のVagueへの篠原氏の思い入れのようなものが、、、

再度、篠原氏に「Vague 曖昧さ」について質問を投げかけてみる。


Shinohara

第一弾のテーマでもあった「グラスに入った半分の水」のように、ほとんどの物事には、ポジティブとネガティブの要素があります。人は、誰でも陰と陽の部分を持ち合わせており、どんなに明るく成功している人でも、その陰には泥臭い努力があったりするものです。

悲しみがあるから、喜びがある。

粗食を食べた後の、美味しい料理。

都会の喧騒から、森の中の静寂。 アスファルトを歩いた後の、芝生の感触。 絶望の後の、希望。

このようにポジティブ、ネガティブ、またはそのコントラストをテーマにしたものは多いと思いますが、その中間の移ろう曖昧さというのは、あまりないように思います。 このようなテーマで、考えていただけないでしょうか?


Hashida

曖昧さ、確かに意味深なテーマですね。 静と動、生と死、聖と邪、色々な相反するものが存在します。そんな中を、人は一生漂流し続けているんでしょうね。そしてこの境目こそが、実は真実の存在だったりするようにも思います。色々なVagueを探してみます。


さらにスタジオにこもり、テスト撮影を繰り返す。

相反する世界とその境界のような曖昧なゾーン。しかもNightfall的な美しさも要る。

難しいな、、、

とりあえず、大気と水という世界の境目を狙ってみることにした。


色々Vagueに挑戦しているうちに、思いがけずも驚きのイメージが撮れた!

早速、篠原氏に連絡する。


Hashida

ロスコーを狙っていたら、私の大好きな18世紀の風景画家ターナーが撮れました。

今までにないオレンジのワントーンですが、これがスタジオ撮影なのかと、思わずスケール感を忘れてしまいました。いつもだともっと色とか情報を加えていくのですが、このカットは撮りっぱなしで何もしていません。でも何かに惹きつけられるように見飽きません。


ターナーって画家は、風景画から水や空や地面といった境界を初めて無くした人で、

私がすごく影響を受けたアーチストの一人です。

以前、自分でもターナーについて、こんなテキストを書いたことを思い出しました。


「ターナーにとって水辺の本質とは、彼の絵筆が、風景のデティールとリアリズムを拒否し尽くしたところに、初めて現れる美のオアシスだった」


Vagueを追求することで、偶然生まれた今回のイメージ。意図したことから驚くほど意外なものが生まれる、こんなイメージの振り幅が、Inspireの面白しろさだと思います 。

篠原さんの感想はいかがでしょう?

タイトルは、Tempest ()でしょうか。



篠原氏に画像を送ってみる。


Shinohara

新作、拝見しました。 驚きです。 この写真には、ターナーやロスコとも違う、深い精神性を感じます。

橋田さんにとっての、このターナーのイメージが、僕を空海へと結びつけます。

空海が最澄へ言った言葉。 「密教とは、単に頭で理解すれば良いというものではなく、 己の肉体と感覚の全てを持って、向かい合わなければならないもの」

これは、最長が密教の経典を空海に貸して欲しいと言った時の、空海の拒絶の言葉です。

それに対して最澄は、「空海は、日本の良き伝統である、筆を持って学ぶという風をこわした」と言って、空海と喧嘩別れになります。 最澄は、学ぶということは書き記すことだと考えていたのに対して、空海は、頭ではなく五感で体感する精神性を力説したのです。


空海が教える密教とは、宇宙との繋がりを言っているような気がします。人間がもっているエーテルのような特別なものが、生命の振動となって空気を伝わり、大きなバイブレーションとなって宇宙へと広がっていきます。宇宙の果てまでたどり着き、それが波動となって再び自分に跳ね返ってくるのです。


橋田さんのこの作品には、僕が数年前に高野山へ行って体感した時の、そういった波動や感覚を感じますね。毎回、僕の想像を超えたビジュアルに驚くばかりです。


Hashida 一つの写真から、こんなにも人の心に想像やインスピレーションを与えるなんて、改めてInspireを続けていく意味みたいなものを感じています。ただし今、お互いにすごく燃え上がってしまっているので、少し冷却期間を置きましょう。


Shinohara

確かにそうですね。このビジュアルにはすごく不思議なエネルギーを感じますが、最初のVagueというテーマを、今一度検証しましょう。


Hashida

もしかしたら、最初の話の中に出てきたGroundFigureという考え方からも、自由になった方がいいかもしれませんね。


Shinohara

そういえば、数年前に瀬戸内海の直島にある、地中美術館で観た、ジェームス・タレルの「オープン・フィールド」という作品がヒントになるかもしれません。青白い空間の中に身を置くと不思議な浮遊感を感じる、体感するアートです。これは、タレルが子供の頃、父親がセスナ機のパイロットで、よく同乗させてくれた時の体験らしいです。空の上で、セスナ機のエンジンを止め、無音の中で真っ白い雲海の中を漂う。不思議な浮遊感を感じた時の体験を表現したものです。




Hashida

早速、インターネットでジェームス・タレルの作品を観てみた。そして、篠原氏の話を思い浮かべながら、もう一度、Nightfallに包まれた感覚を「体感」するような気持ちで想いを巡らしてみる。やがて、ゆっくりとイメージが夜のとばりのように降りてきた、、、、


Hashida

先日、篠原さんから聞いた、直島のジェームス・タレルの話がすごく印象に残りました。

特に彼の作品のモチーフとなった、幼少期に父親の飛行機に乗り空の上でエンジンを止め、無音の中で真っ白い雲海の中を漂う。

この話、すごく感動的でした。そしてこの後、Vagueの新しいイメージがインスパイアしてきました。


今までは、私のVague(曖昧さ)のイメージは、Aという世界とその対立にあるBという世界の「微妙な境い目」のような認識でいました。そのため、A+境目+Bのようなビジュアルを一生懸命考えていました。ターナー風がそうです。


でも、ジェームス・タレルの話を聞いて、そうではないんだと考え直しました。フォーカスするのは、曖昧なその世界そのもの、すなわち真っ白い雲海の中の世界にどっぷりと浸っている感覚、包まれている感覚、そのものなのだと。つまり、Nightfall とは、夜と昼の境い目を表現するのではなく、その境い目の真ん中で、自分が夜のとばりに心地よく浸っている、その抱擁感のようなものなのだと、、、


こう考えると、空と大地の境い目が消えていった。その透明な時間の中を漂い、そして時には深く深く潜っていく感覚。ビジュアルにすべきなのは、まさにその世界なんだということに気づかされたんです。


それで、このメールに添付してある、Vague 1stを撮りました。発光するようなブルーは、International Klein Blueを使っています。


夜のとばりの中に佇んでいる「心の蜃気楼」を表現しました。意味的には完成していましたが、写真的な表現、特にDazzle という美をもう少し加味したいなと思い、色々トライするうちに段々説明的な、自然現象写真的なイメージになってきたので、ここは媚びを売るのをやめて、ストレートにこのVague 1stで行こうと思いました。










が、なお諦めきれずに色々試行錯誤している中で、Vague 2nd のイメージが撮れました。



ちょっと天体写真っぽいかなとも思いましたが、見れば見るほど心象風景でもなく、ズバリNightfallがビジュアル(可視の形)になったなと思いました。

自分では、太古の昔から続く悠久の時間が、群青の空から魔法のように、ゆっくりと舞い降りてくるイメージを感じています。










Shinohara

Vagueのポスターをデザインしてみました。

なんて、深いブルーなんでしょう。


毎回、想像もしないものを突きつけられ、驚き戸惑ってしまいますが、

ジワーーっと、心の奥底に染み込んでいく美があることを感じています。


今思うと、こうした静かな美があるという考えができるようになったのは、奇しくも今回

橋田さんが撮影に使われたという、International Klein Blueという色を作ったイブ・クラインの展覧会を、30年以上前に観たことがきっかけでした。あれを観てから、僕の人生が変わったといっても過言ではありません。

それまでは、横尾忠則式コテコテデザインが最高と思っていたのが、こんなに洗練され削ぎ落とすという手法があるものだと初めて知りました。


現在、深夜0時を回った頃、このビジュアルを一人で見ていると、 まるで心の中の雑念が

浄化されていくような感じを受けます。自分が自信をなくしている時でも、この気持ちを

鎮めてくれます。 他人と比較するな、自分の信じた道を行けと言われているような気もします。


この青く静かなビジュアルを目の前にして、ベートーベン「ピアノソナタ 月光」を聴いてみると、より深い世界へと導かれていきます。




ベートベン、ピアノソナタ月光はこちら。



Hashidaのつぶやき

今回のテーマは、正直とても難しかった。これで3回目となるInspireですが、自分の中の「未知の創造の鉱脈」から、毎回、新たな原石を掘り起こすような力仕事となり、終わった後は、全身が疲労の淵に沈みます。でも篠原氏の言われるように、ベートーベンのピアノソナタを聴きながら今回の作品を見ていると、疲れに澱んだものが、静かに洗い流されていくような気持ちになります。今回もまた一味違ったInspireになったように感じています。

次回のInspireも、どうぞお楽しみに。


Inspireのご感想やコメントなど、こちらのフォームにいただけたらうれしいです。





0回の閲覧